『名乗れ!今こそ大英雄 新ソード・ワールドRPGリプレイ集10』(清松みゆき:監修 秋田みやび・グループSNE著/富士見ドラゴンブック)

 反吐が出るほどおもしれー。


 基本的に単純な人間なので、新作ゲームの煽り文句で「ゲームでしか味わえない感動!」とか言われると、表面上は「けっ」と冷静を装いつつも内心では果てしなく気になってしまいます。その動揺に負けて購入し実際にプレイしてみると、大抵の場合は救いようのない大嘘で死ぬほど後悔するんですが。今更そんな言葉に騙される方が悪い。いや悪くねえ。死ぬべきはあいつらだ。たぶん。
 で、話は変わって本題ですが、この本には「TRPGでしか味わえない感動」があります。というか、実際にはまともにTRPGをプレイしたことがないし、感動とかいう言葉を使うとなんだか大袈裟な匂いがするし、しかし実際に感動した時には別に感動したって素直に書いてもいいよなあ所詮感想なんだから、とも思いますがここは控えめに、この本には「TRPGリプレイならではの面白さ」があります。たぶん。
 じゃあ「TRPGリ(中略)さ」って何なのさ、とこちらの目を見て聞かれるとぶっちゃけ困ります。知らねえよ。全巻買って読めよ。えーと「TRPG魂」? 笑うところではないです。この前、新本格に属する作家の一人が、新本格の定義の一つに「本格魂」を挙げているのを見ました。まあ多少まじめに、この巻での具体的な箇所を一つ挙げるとすれば、第26話・裏での最終戦闘終了後のハイタッチ。こういうキャラクターとプレイヤーの境界が限りなく薄れて、ああこいつら仲いいなあ、でも仲がいいのはキャラクター同士なんだろうかプレイヤー同士なんだろうか、そんなもん別にどっちでもいいべ、というようなところに、むしゃぶりつきたくなるような(比喩! 比喩!)魅力を感じてしまうのです。九割の人には分かってもらえないとは思いますが。だから、成人してもTRPGリプレイなんかを読んでいるような人間は一人残らず変態なのだなあ、まったくどうしようもねえなあ、と断定して下さって結構です。ああ変態で良かった。たぶん。
 ほか色々。パーティーシャッフル時の中の人、表は「ラヴェルナ=ヒース、クラウス=ガルガド、チビ&プチ=エキュー」で、裏は「ノリス=マウナ、ローンダミス=バス、ヤムヤル=イリーナ」か(裏の方は確信なし)。口絵最高、特に背中合わせのイリーナとヒース。シリーズ通して最大の萌えキャラはヒース、1巻から不動、ネタでなく。リプレイ形式ではこれ以上続編を出さない方がいい。たぶん。