『蟲と眼球とテディベア』(日日日/MF文庫J)

 日日日の本についての感想は、難点だけを書くことにしました。だって羨ましいじゃん! ああ、賞は要らないからお金ほしい(率直、そして切実)。
 「ちーちゃん」「先輩」と比べると、変な表現(西尾維新がよくやる、意図的な誤用とは全く違う)は少なくなっている。が、なんだあのインチキ方言。「じゃけん」とか言ってるぞ。大体、千年前つったら平安時代なわけで、どう喋らせても嘘なんだから素直に標準語にしとけばいいのに。
 グリコというキャラクターが「遥かな時を生きてきたせいでちょっと頑な、だけど本当はとってもピュア!」系だというのは分かる。よくあるパターンだが、決して嫌いではない。しかし、だったら表面的な頑なさをもっとしつこく書かなくては、と思ってしまう。そんな簡単に馴れ合ってしまっては、正直つまらん。
 アキラには、西尾維新(その大元は森博嗣)と乙一から学んだと思われる、「どう書けば陳腐にならないかを、非論理的に嗅ぎ分ける能力」があり、ぶっちゃけそれだけに頼って小説を書いているフシがあるのだが、時々その精度がひどく落ちることがある。地が出るというか。天然でやってるジュディマリを、技術で模倣しようとしたヒステリックブルー(のボーカル)みたいなものか。
 エデンの園! アダムとイブ! 原罪! 別に「もう二度とオタクメディアでそのテの題材を扱うな」という法が制定されたわけではないが、さすがにこう臆面もなく差し出されるとこっちが照れる。というか、無理にそこまで引用せずに「林檎」だけ抜き出して使ってもよかったのでは。一連の聖書タームと、「蟲」「夢界獣」などのオリジナルな用語の食い合わせも、ちょっとね。
 ひたすらに貶し続けるのも、これはこれで疲れるものだと知った。